Archive für November 2009

毒が抜けるまで

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BurkaBondageのLörrachとJenaでの公演は熱に浮かされたり、肘をくじいたりしながらも無事終了。レラッハには2年前のEx-itというワークショップに参加してくれた83歳のアルブレヒトが観に来てくれて、感無量の再会。

そしてベルリンに帰ってきて1日置いた今日は、Nicoの公演のためにルクセンブルグに出発、ということで5時半起きで空港にいってみれば誰もおらず 。出発日1日間違えてました〜!!明日だったのね。幸いに一日早く勘違いしていたので、無駄足に終わっただけでしたが、まあ早起きは3文の得ともいうし、1日得した気分でした。

そして来週末は、今年の締めとして、アキさんとのデュオ、Die Stadt im Klavier Ⅲ!!
今回のテーマはタランテラ。アキさん作曲のタランテラはもちろん、タランテラにまつわる色んなお話からインスピレーションを得て、蜘蛛の様に怪しく、雲のように変幻自在に旅をする、毒抜きダンスサーフィンの夕べ。

一年をアキさんの音で踊り締めなんて、何て贅沢!!!
毒が抜けるまで、かかとが剥けるまで踊ります!!

HEREing Loss - single room

Dock11というダンススタジオがベルリンのPankowという地区に宿泊施設つきのゴージャスなスタジオ&パフォーマンススペースをオープン。そのオープニングパーティーでインスタレーションをしました。HEREing Lossの個室バージョンです。定員1名、5分間。_igp3588.jpg

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去年のHEREing Loss用に作家のダニーが書き下ろしてくれたテキストに、プロジェクター、LRスピーカー、ヘッドフォン、身体に装着する小型スピーカーを使用して、音と言葉の空間を構成し、”寝室に生い茂って凍り付いた意識”のイメージでメタルと蛍光灯を使ってインスタレーションをしました。個室にゲストをひとりずつ向かえて、ドアにも鍵をして、というまさに病院のセラピーような状態でした。
身体は魂の器だという見方は東洋人にとっては割と理解し易い発想ですが、こちらの人にとってはなかなか実感が湧かない事が多い印象を受けています。私がきっとダンサーだから、そして東洋人だから感じている、身体と意識と空間のときに優しく、ときに複雑な関係を体験できるように構築してみたつもりです。

多くの方にとって神秘体験だったようで、それぞれの反応とコメントがとても興味深かったです。受け手の年齢や職業、精神状態によって全く受け取り方が違うことを、改めて確認しました。「うわっ、自分の体と対話した!」とか、「自分が分解された気分」とか、中には「この部屋を買いたい!」という方も(笑)69歳の元バレリーナ、いまもぶっ飛びパフォーマーであるトリクシーが深い感動に包まれて、「私の死の恐怖をなだめてくれた」と言って来た時は、私自身ぐっと来ました。丁度旦那さんの手術があったばかりという女性は、集中治療室でみた夢のようだと言っていました。

音を聴く、物を観る、という事に集中する時間が設けられると、その中に存在する「間」にふと自分を垣間みる事がある気がします。それは恐怖だったり、喜びだったり、孤独だったり、腹立ちだったり、疑問だったり、とある心象風景だったりと様々だけど、そんな要素が「間」の中に自分からぽっかり浮かんできた瞬間はまるでげっぷがでたように何だかすっきりする。

人って、変。

そしてカブールへ

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アフガニスタンからBurkaBondageのためにやってきていた、演出家・女優のモニレーが3ヶ月に渡るベルリン滞在を終えて、カブールへと旅立ちました。NICOの公演中で寝不足のふらついた足取りで見送りのために空港に行ってみれば、まだ本人が来ていない(笑)そして現れたモニレー、フリマをやるの?というくらい沢山の荷物。まずスーツケースを預ける。すでに30kgで10kgオーバー。だけどカウンターの人は彼女の国籍を知ってか、見過ごしてくれた。しかしまだ二つ目のバッグが(笑)10kg。さすがにカウンターのお姉さんも面食らって、「すでに10kgオーバーだからこれ以上は預かれません!郵便で送って下さい」という。しかし モニレーを空港まで送りに来たアフガニスタン文化センターの所長さんが、「カブールに送った荷物が届くと思いますか?」と食い下がって、結局二つ目のバッグから5kg抜いてOKに。凄い力技だけど、アフガニスタンだからしょうがない。

しかし彼女の足下には、まだどう軽く見積もっても40kgはあるだろうと思われる荷物の山。リュックに、カメラバッグに、ハンドバッグに、極めつけは布団でも入ってるの?というくらいパンパンのプラスチックの買い物袋。9人いる兄弟や家族、仲間へのお土産が詰まってるのだろうけど、どうみても彼女一人で持つのは無理だし、機内にも持ち込めんだろう、というボリューム(笑)急遽空港内のルフトハンザ直営店で転がしのスーツケースを買う事にしたモニレー、そこでまた値切ろうとするアフガン文化センター、店の前で荷物を広げて詰め替えが始まったけど、彼女のパッキングの余りの不器用さに、気がつけば私が荷造りをしていました(笑)結局いくつかの荷物をあきらめて、とりあえず詰め込める物は詰めたけど、それでも4つの手荷物。その時点になってぽろりと、「、、、これ機内に全部持っていけるかしら」と不安そうに言うモニレー。その全てが余りに天然すぎて、ひとりで笑いころげる私。いや、大丈夫でしょう、その天然ぶりなら(笑)日本やドイツの常識では絶対に通用しないけど、山のような荷物をかかえてヨーロッパからひとりアフガニスタンに帰るか弱い女性には誰もが目をつぶるはず。そして思い出した様に時計を確認してみれば、とっくに搭乗時間を過ぎていて、ゲートに急ぐ私達。そこにまたベルリンに住むアフガニスタン人が手みやげをもって現れる(笑)

ベルリンからウィーンとドバイを経由して24時間かけてカブールに帰るモニレー。ベルリンから帰って来た彼女を仲間や家族はどう迎えるのか。そこにはアーティストと言えども今の日本よりも遥かに閉鎖的な感情が渦巻いている事は、モニレーの語った不安から読み取れた。あの馬鹿げた選挙のあと、アフガニスタンからどの国もが引き上げようとする今。この後またタリバンが幅をきかせ始めたら、 一体彼女は芝居や映画を作り続けられるんだろうか。これまでも日常的にタリバンからの脅迫を受けてきたモニレー、ゲートの向こうに消えていく彼女の先に待ち構えているだろう世界が、余りにも今自分のいる世界とかけ離れていて、何とも言えない気持ちに。

、、、空港に見送りに来たのは、アフガンセンター所長と私だけだった。あ、あと手みやげを持って来たアフガン人。彼女がベルリンでやったパフォーマンスに来たのも、馬場ちゃんと私だけだった。 確かにみんなそれぞれ忙しくて、個人のストレスもあって、来られない理由はいくらでもあるけど、どうにも薄ら寒い気持ちに。それだったら、関心のあるフリはするな、他人の文化に気安く触れてくれるな、という気持ちになる。それでアフガニスタンについて、日本について少しでも理解したなんて思って欲しくない。モニレーがドイツに来られたのは彼女にとってはとても良かったんだと思う。だけどそれは彼女が言うべき言葉。印象として彼女は宣伝のためのマスコットとして利用されただけ、2ヶ月のリハーサルが過ぎたあとも私はアフガニスタンについて何も分かっていないし、彼女は日本についてまだ何も知らない。

そしてその夜はRadialsystemで、カブールとはかけ離れたバロックの世界で踊る自分。だけど、思った。私が今いるこの場所は確かにバロック時代に通じるデカダンスに満ちていて、些細な事を大げさに取り扱ったり、ナンセンスで時間をやり過ごしている。そういう意味で、その中にいる自分の方が、よっぽど現実的で正直な気がした。私たちは軽薄で堕落していて、楽しいから舞台で踊ってる。だからこそ、それはアフガニスタンで禁じられている。だったらそれが許されている世界にいる私は、どんだけ馬鹿げていても、それがどうしようもなく楽しくて素敵で人間らしいことを忘れたくないし、それができる今に感謝して踊りたい。

ANAESTHESIA in ベルリン

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昨日はヘンデルオペラ”ANAESTHESIA”のベルリンプレミアでした!
夏のブレゲンツ以来のメンバーとの再会に盛り上がり、久々に聴くFRANUIの音楽と歌手の歌声にまた気持ちよくトリップし、やはりとても好きな作品だと再確認した夕べ。カンパニーも回を重ねるごとに仲が深まって、これだけ雰囲気のいいチームは奇跡的だと、誰もが言います。確かに、歌手にダンサーに役者に、個性の強い人間がこれだけ集まっても皆仲が良いのは、ヨーロッパでは特に珍しい事。それはもちろんNICOの力によるものもとても大きいです。

今月は”ANAESTHESIA”と”BurkaBondage”のツアーでカレンダーがストライプに埋まっていますが、気持ちを上手く切り替えて臨んで行きたいです。

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